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認知症の精神症状

更新日:2023年3月27日

このページについて:認知症には様々な精神症状が見られますが、この原因について生物・心理・社会モデルに沿って説明し、治療についても言及します。


認知症の人に様々な精神症状が出現するのには、いくつもの理由が考えられます。一般的に言って、精神症状の原因には複雑の要因が複雑に絡みます。こうした要因を大まかに分類すると、生物学的要因、心理学的要因、社会的要因の三つになります。これは、うつ病などの精神疾患の原因について語る時に用いられる、生物・心理・社会モデルと同じ考え方です。それでは、一つずつ説明します。

生物学的要因:認知症は脳の物理的な問題ですから、生物学的要因が強い病気です。その精神症状について考える際も、脳の神経細胞や神経線維の障害などの物理的な障害を考えないわけにはいきません。

認知症にはアルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など色々とあります。どの認知症でも脳が物理的に破壊されていることには変わりありません。これにより、物忘れなどの認知機能障害だけでなく、精神症状も出てくると考えられています。

この際に、病気の種類により、脳の破壊される場所が異なることに注目します。前頭側頭型認知症では脳の前の方や横の方から壊れていきます。この結果、前頭葉の機能である自分の行動や衝動をコントロールする能力、理性でストップをかける能力が低下し、何度も同じことを繰り返す、反社会的な行動に出るなどの症状が出ます。しかし、前頭側頭型認知症の初期には記憶を形成する場所はあまり壊れないため、記憶障害が出ないことが多いです。このため、認知症ではないと誤解されることも少なくありません。

また、後頭葉と側頭葉を結ぶ神経ネットワークで視覚をコントロールする部分があるのですが、レビー小体型認知症はこの神経ネットワークが障害され、このために幻視が出ることがあります。ありもしない人や動物などが、さも実在するかのように鮮やかに見えるそうです。レビー小体型認知症も初期には記憶障害が出ずに幻視だけが出る場合があります。このため、認知症とは捉えられないこともあります。このように、病気によって脳が障害される場所が異なるため、症状の出方が違うわけです。

こうした脳の物理的な障害を、脳に直に作用する薬を使って治療しようとする方法が薬物療法です。ドパミン神経系やセロトニン神経系などの神経ネットワークを薬を使って調整し、精神症状を改善しようという試みは、すでに実用化されたものもありますが、現在も研究中です。ドパミンやセロトニンというのは、神経と神経の間で情報をやり取りする時に使う物質の一種で、神経伝達物質と呼ばれます。ドパミン神経系とは、神経同士の連絡にドパミンという神経伝達物質を使う神経ネットワークのこと。セロトニンを使う神経ネットワークが、セロトニン神経系と呼ばれます。精神症状を抑える薬には、こうした神経伝達物質の役割をコントロールするタイプが多いですね。

また、認知症の生物学的な要因には、遺伝子も含まれます。例えば、ApoE遺伝子のε4型というものは、アルツハイマー型認知症に深く関わっています。この遺伝子を持つとアルツハイマー型認知症になりやすいのですが、さらに攻撃性が高まったりという精神症状とも関係していると考えられています。将来的には、遺伝情報により、今後どのような脳の病気になるリスクが高いか、どのような精神症状が出るのかが予想できるようになるかもしれません。ただ、知りたくない人も多い情報だとは思います。

さて、認知症の精神症状に直に関わるような話をしてきましたが、生物学的要因の中には、もう少し間接的なものもあります。例えば、リウマチや痛風など関節が痛む病気がある場合、痛みが精神状態を不安定にすることがあります。これは、誰でも理解できるかと思います。誰だって痛いのを我慢するのは辛いものです。同様に、認知症の人の精神状態にも、痛みの影響は大きいのです。しかし、この「痛み」というものは見過ごされがちです。認知症の人は、よく聞かないと痛いと言わないこともあります。もしも、痛みによって精神症状が出ている場合、痛みを緩和させることで精神状態も安定します。しかし、痛みという原因が見過ごされてしまうと、治療もうまくいきません。認知症の人が不穏状態におちいった場合、どこか痛いところがないか、検証が必要です。

また、感染症、腎臓の病気、ホルモンバランスの異常、電解質バランスの異常など様々な身体疾患が、認知症の人の精神状態を悪化させます。ひどいと、せん妄といって意識混濁が見られたり、幻覚や妄想が急に出たりします。身体疾患がせん妄などの精神症状を引き起こしているケースもよくあるのですが、この際に、精神症状ばかりに目がいくと、背景にある身体疾患を見逃してしまう可能性があります。特に、急に興奮したり、急にうつっぽくなるなどの急な変化があった時は、身体の病気の可能性が高まるので、血液検査や頭部CT検査などの身体的な検査が欠かせません。

また、生物学的であり、かつ人為的でもある原因が薬の副作用です。これも忘れてはなりません。認知症になると脳が弱まり、脳に作用する薬の副作用が出やすくなります。パーキンソン病の薬、ベンゾジアゼピン系の精神安定剤や睡眠薬などは、高齢者に処方すると、幻覚や興奮など様々な精神症状を引き起こすことがあります。また、ドネペジルなどの認知症の進行を遅らせる薬も、イライラや怒りっぽさ、不眠症という副作用が出ることがあります。また、アルコールも薬の一種として考えることができますが、飲酒後に興奮する場合も当然あるので、この場合はお酒を控える必要があるでしょう。そもそも、大量の飲酒は脳を破壊して認知症の原因になりますので、注意が必要です。また、大量飲酒はビタミンB1などの栄養素を欠乏させます。ビタミンB1の欠乏により、認知症と同じ症状が出たり、幻覚、興奮などの精神症状が出ることもあります。これをウェルニッケ・コルサコフ症候群と呼びますが、この場合はお酒をやめて、ビタミンB1などの補充を行います。

心理学的要因:認知症は生物学的要因が強いのですが、だからといって心理学的要素がないわけではありません。例えば、元々の性格は、やはり影響します。例えば、認知症になる前から怒りっぽい人が、認知症になってからも怒りっぽく、施設で他の人と喧嘩してしまうなんてことは、よくあります。それと同じで、若い頃から持っている価値観というのもあります。本人の信念のようなものです。これを壊されるような出来事は、本人も許せないでしょう。また、過去の辛い体験が今現在まで尾を引いている場合もあります。もちろん、この辺りは認知症に限らず、誰の精神状態を考える上でも大事な部分です。心理学的要因は、本人の人となり、その人の歴史などを知れば理解できます。認知症になった人が、今までどのように生きてきて、どのような経験をして、どのような性格だったのか、どんな価値観があるのか。このような事柄を知ると、本人の心理状態をより深く理解できると思います。

社会的要因:社会的な要因とは、本人を包む環境ということです。自宅での介護の環境、施設に入っている場合は自分の部屋やデイルームの環境、他の入居者たちとの人間関係といった社会的もしくは環境的な要因は、認知症の人の精神状態を左右します。本人の特性に合った環境、本人の介護に適した環境が作れているのかが重要なポイントです。ストレスなく移動できる環境か、足が悪い場合は歩行器や車椅子が使える環境か、衛生面は保たれているかなどを考え、本人が過ごしやすい環境を整備すると、本人の精神状態も安定するかもしれません。また、介護している人の精神状態も大事です。人間の心理状態はお互いに影響し合うものです。いかにマイペースな人でも、全く周囲の人と無関係ではいられません。例えば、イライラした人が近くにいると自分もイライラしてしまうことがありますし、酷く辛そうにしている人の近くにいれば、悲しい気持ちになります。つまり、介護を受けている認知症の人が穏やかな気持ちでいるためには、介護している人の心も穏やかである方が良いのです。


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